3-G-3-2 データベースと標準化 / ワークショップ: 歯科領域の標準化―新たな一歩をここから

歯学部附属病院情報システムの動向
―最近、稼動あるいは稼動予定の歯学部附属病院情報システムについて―

○鈴木 一郎1)    伊藤 豊2)

新潟大学 歯学部 口腔外科学第一講座1)    北海道大学 歯学部附属病院 医療情報部2)

抄録: 現在、全国の多くの歯学部・歯科大学附属病院(歯病)には医療情報システムが導入され、その適用範囲も医事、オーダエントリ、部門システム、診療支援、そして電子カルテへと拡大しつつある。歯病とは病院としての機能をすべて備えた歯科であるから、その医療情報システムに求められる条件とは、歯科業務と一般病院業務の両者をシームレスにサポートすることであろう。しかし、現実には大学附属病院以外には病院といえる歯科の医療機関はほとんどなく、上記のような条件を備える医療情報システムは大変マーケットが小さいために標準的なシステムとしては開発されていない。このような状況の中で、医病と共同調達が行われる国立大学では主に一般医科病院用の医療情報システムに歯科で必要なシステムを追加するという手法がとられ、また公私立大学では一般歯科医院用のレセコンを利用したり、あるいは全く独自のシステムを構築したり、様々な手法でそれぞれの医療情報システムが構築されている。すでに10年以上の稼動歴をもつ歯病も少なくなく、その歴史の中ではトライアンドエラーも繰り返され、各大学で様々なノーハウが蓄積されている。そして、医療情報システムは院内に閉じた業務合理化システムから広く医療情報を共有するためのシステムという次のステップを考えなければいけない時期にも来ている。
そこで、まず全国の歯病医療情報システムの現状を報告し、その中で最近の構築・リプレース例として2つの大学のシステムについて、それぞれの構築にかかわった演者が紹介する。こうした具体的な構築例や他大学のこれまでのノーハウも含めて現時点での歯病の医療情報システムを総括し、次いで、本研究会の歯科医療情報の標準化への様々なアプローチをもふまえて、今後の歯病の医療情報システムや更に広く歯科の医療情報について議論したい。

The New Trend in Information System of Dental Hospital :a few examples of just replaced or newly constructed systems

Ichiro Suzuki1)    Yutaka Ito2)

First Department of Oral and Maxillofacial Surgery, Faculty of Dentistry, Niigata Univiersity, Niigata, Japan1)    Division of Medical Informatics, Hokkaido Univiersity Dental Hospital, Sapporo, Japan2)

Abstract: Recently, the hospital information system (HIS) is introduced in many dental university hospitals in Japan, and the scope of service have been also increasing. Since a market scale of dental HIS is very small, the construction of HIS still involves various difficulties. However, various know-how has been gradually accumulated in the history of the construction in each university hospital. In this workshop, we organize the problems concerning HIS construction for a dental hospital by introducing the examples of two universities (Niigata University and Hokkaido University) whose HIS has just replaced or is under construction. And, we want to discuss what the next generation dental HIS should be and the dental information broadly, focusing on the point of standardization.

Keywords: hospital information systemdental hospitalstandardization


1. はじめに

現在、全国の多くの歯学部・歯科大学附属病院(歯病)には医療情報システム(HIS)が導入されている。歯科の診療形態は医科のそれとは様々な点で異なり、それにあわせたHISの構築を行わねばならないが、歯科病院用のHISのマーケットは大変小さいため、標準的なシステムとしては開発されにくい。しかし、すでに10年以上の稼動実績をもつ病院もあり、また1995年の本大会ワークショップ1)以来、歯病のHIS担当者相互の蜜な情報交換が行われるようになり、様々な歯病HIS構築やその運用のノーハウが全国レベルで蓄積されてきている。今回は、全国の歯病HISの現状を報告し、その中で最近のリプレース・新規構築例として新潟大学および北海道大学のシステムを紹介して、現時点での歯病HISの導入や運用に際して直面する問題点や課題を指摘する。一方で、HISは病院内に閉じた業務システムから医療情報を共有するための開かれたシステムへとステップアップする時期に来ている。病院という枠にとらわれず、より広い歯科全体の情報システムや歯科医療情報について考え、そこで情報を共有するためにどのような標準化が必要なのかを議論したい。

2. 全国の歯科大学・歯学部附属病院情報システムの現状

国立大学と公私立大学とでは導入の背景が全く異なっている。国立大学では、隣接する医学部附属病院(医病)と共同導入となり、医科病院用の比較的大規模なHISが11国立大学のすべてに導入されている。ただし、オーダリングシステムや歯病独自システムなど医事システム以外の稼動状況は大学ごとに異なっている。一方公私立大学では、歯病単独での導入となるが、医科病院用システムを導入している大学、一般歯科医院用のレセコンを利用している大学、部分的な業務に独自のシステムを構築している大学、そして医事システムも含めて全く未稼動の大学、等々様々である。
また、これまで歯病には医療情報を担当する組織や職員をおくところはほとんどなく、このことがHIS構築の障害の一つとなっていたが、最近はいくつかの歯病で院内措置等で医療情報部を置くところが出はじめている。

3. 新潟大学歯学部附属病院のシステム

3.1 これまでの歴史

新潟大学の歯病にHISが導入されたのは1986年である。最初に医事、集中予約、臨床検査オーダ、注射オーダ、病歴管理および待機リコールの各システムが稼動し、その後1993年のシステム更新時に手術オーダシステムを追加した。1999年に再度システム更新が行われ、2000年1月から新システムが稼動している。なお、ネットワーク部分はシステム導入に先行して1998年にリプレースされている(図1)。なお、組織としては現在のところ医療情報を担当する部門や専任教官はいない。

3.2 新しいシステムの概要

新システムと前システムの主な相違点は以下のとおりである。
(1)メインフレーム(NEC/ACOS)の集中管理型システムから、複数のUNIX/NTサーバによる分散型システムへとダウンサイジングした。ただし医事会計はメインフレームのまま移行している。なお、歯病専用オーダリングサーバはNTサーバである。
(2)クライアントがオフコン端末(N5200)から液晶パネルのWindowsパソコンとなった。
(3)基幹ネットワークは冗長構成のギガビットイーサネットを採用した。
 新システムの適用業務とオーダリングシステムの稼動時期は表1に示すとおりである。メインフレーム上のシステムは端末エミュレータ経由で利用する。前システムには歯病独自システムとして待機リコールシステムおよび病名治療行為等連絡システムがあったが、前者は予約システムの一部として新規開発し、また後者は2001年に新規開発予定である。
 検査オーダについては、臨床検査が医病に依頼するものと歯病で行うものとに分かれており、前システムでは医病依頼分についてのみオーダリングを行っていたが今回は歯病検査についても医病検査とシームレスにオーダ・参照を可能とした。

3.3 システムの移行

前システムはy2k未対策であったため2000年1月4日から新システムを稼動させたが、幸いにも移行に伴う大きなトラブルの発生はなかった。新規導入の処方オーダは端末数の不足と不慣れなユーザのため当座は従来の処方箋も併用することとしたが、1ヶ月程度で全面的にオーダリングに移行することができた。現状のHIS業務内容から、クライアントのヘビーユーザは病棟と口腔外科外来であるが、それぞれ当初配置した6台、10台で不足はない。

3.4 新システムのメリット

3.4.1 病棟業務の合理化

従来より注射・検査・手術オーダを行っていたが、日常的に多量のオーダが発生する注射・検査オーダは、前システムでは端末の使い勝手の悪さからユーザに大きな負担を強いるシステムであった。今回のリプレースによりこの点は大きく改善され、検査値や薬剤情報の参照が容易となったこともあいまって病棟業務は大きく省力化された。

3.4.2 処方オーダの導入

前システムでは端末設置スペースやユーザインターフェイスの問題から、あえて導入しなかったものであるが、今回は現場の混乱もなく大変スムーズに導入できた。DO処方やエラーチェックなどによる省力化や処方ミスの回避は大きなメリットである。

3.4.3 ダウンサイジングとPCクライアント

医事以外のシステムがダウンサイジングしたことにより、クライアントからのデータのダウンロードや他のデータベースとのデータ交換が大変容易となった。また、クライアントがこれまでの扱いにくい専用端末からユーザが使い慣れたパソコンとなったため、ユーザインターフェイスが大幅に改善された。クライアント上でワープロ、表計算や電子メールなどが使えるようになったことは、特にこれまでパソコンや電子メール環境が整っていなかった看護婦には大きなメリットとなっている。

3.5 現状での問題点

3.5.1 予約オーダ

前システムでは、集中入力すなわち医師が紙の予約票に記載したものを医事科で代行入力する、という変則的な運用を行っていた。新システムでは、医師による直接入力を行うこととしたが、全科の合意が得られず、口腔外科・歯科麻酔科・歯科放射線科以外の診療科では従来の集中入力も残すこととなってしまった。合意が得られない理由は、「ユニットごとにノートパソコンが1台なければ運用は無理」というものである。

3.5.2 病理部門システム

病理検査についてはオーダリングは見送っているが、検査部での検体受付から診断レポート発行までを行うシステムを導入した。これは診断レポートをブラウザで参照できるなど大変便利なシステムである。しかし、我々は従来HISとは別に画像診断と病理診断のための同様のシステムを構築しており、病理診断がこのシステムからHISへ移行したため、放射線診断と病理診断とがリンクしないという状況が起こってしまった。ただし、両者ともSQLベースのRDBMSであるため過去のデータは容易にHIS側へ移行可能であった。

3.5.3 セキュリティー

外部接続のファイアウォールや端末接続のポートセキュリティーなど、システム側のセキュリティー対策は充分と考えられるが、運用上のセキュリティーが極めて甘い状態である。ユーザ教育と能率的な認証システムの導入が是非必要である。

3.5.4 既成オーダシステムの制約

今回導入したオーダシステムは基本的には既成のオーダシステムのカスタマイズという形をとり、しかも既成システムには歯科用パッケージがない。医科用システムを歯科用にカスタマイズすることには限界がある。例えば、画像オーダはCTやMRIは医科用のままでほとんど問題ないが、デンタルX-Pなどは部位の指定画面を新規に作成してもこれを既成のオーダ画面と整合をとることがなかなか難しい。予約システムの科目や時間割なども同様である。

3.5.5 病院再編成への対応

長く続いた診療科体系が再編成されようとしている。現在のHISはこのような診療科の再編成には全く対応できず、最近できた2つの診療科を独立診療科として扱うことができないでいる。また今後予定されている診療科統合に対応するにはシステム(特に医事システム)の大幅な変更作業が必要である。

4. 北海道大学のシステム

北海道大学歯学部附属病院においては、総合病院情報システムの平成13年1月の稼働をめざしている。このシステムの目的は、1.業務の電子化(オーダリング化)、2.患者の診療情報の共有及び一元管理、である。

4.1 背景

今回の調達は、完全に医病と同時調達という形で行われ、仕様書の作成段階から医病と密接な連絡をとり、一本化して行われた。ただし、これまで本院で稼働していたのは、医事関連のシステムのみで、外来、病棟併せて業務は伝票を用いて行っている。一方、本学医病においては、平成元年よりオーダリングシステムの導入が行われ、今回は更新及び機能強化という形となっている。

4.2 これまでの経緯

本院においては、病院情報システムに関する全科・全部署に広がる作業組織がなかった為、今回の導入に際し、組織から立ち上げる必要があった。この結果、院内措置として医療情報部を立ち上げることとなった。ただし、全員通常業務と兼務という形であるため、作業にはかなりの負担増が生じているのは否めない。

4.3 システム概要

医病においては、将来の電子カルテ化までを睨み、病院のほとんどの業務を網羅することとなった。一方、本院においては、本格的なオーダリングシステムの導入が初めてのこともあり、医病より機能を絞った形となっている。また、歯科特有の技工物関連のシステムなども見送っている。サーバ類に関しては、両院あわせて筐体及び管理方法も含め分散化せず集約化し、医病にある電算室で集中管理することとした。本院における端末の台数は、最低歯科ユニット2台に1台を目指し、200台弱の数となった。ただし、従来の診療室形態までかえる余裕がないため、各外来における設置場所の確保は非常に厳しいものがあり、来年稼働後に再検討が必要と思われる。また、今回病院情報システムの導入に先立ち、ネットワーク関係の工事は、平成10年度に両院あわせて別調達で行われた。その他には、本システムに先立ち平成11年度には総合臨床検査システムが導入され、また本年度中に放射線部門システム及び患者看護支援システムの導入が平行して行われる予定である。(図2、表2)

4.4 今後の課題

今回、本院においては白紙状態から短期間でオーダリングシステムの導入を行うことになったため、現時点ではまだ開発中で評価はできてはいないが、病院の構成員全てが満足できるレベルかは不安を禁じ得ない。病院情報システムは、一朝一夕の物ではなく、今後使用していきながら病院全体としてレベルをあげていくものとするならば、本院はまさに今スタートを切ったばかりであり、ゴールはまだ先と思われる。基本的には全国の歯学部附属病院が、病院情報システムの導入を行う際に直面する諸処の問題に、本院においても直面することとなった訳ではあるが、限られた予算、期間及び人的資源の中では、今後大学側及びメーカ側双方とも情報の共有及び標準化を積極的に行うことで、かなりの負担軽減をはかれるのではないかと思う。

5. 考察

ここで紹介した2つの大学のシステムはいずれも医病用システムのカスタマイズという構築方法をとっているが、このようなシステムの開発は相変わらず労力と忍耐を必要とする作業である。そして、様々な制約から思い通りにならない部分もまだまだ多い。しかし、ここ数年のコンピュータやネットワーク技術の進化はHISの実装にブレークスルーをもたらしている。集中型システムが分散型システムに、専用端末がパソコンに、ネットワークがイーサネットとTCP/IPとなったことにより、まずユーザインターフェイスが大きく改善された。パソコンが歯科ユニットベースのHIS運用に適した端末かどうかなど今後の課題はまだまだ多いが、少なくともデスクサイドでは、従来の「やっかいなシステム」から「便利なシステム」へとユーザの印象は変わっている。もう一つのブレークスルーは、システムのスケーラビリティーが格段に向上したことである。データ交換やアプリケーションの組込みが大変楽になり、様々なサービスを追加することが容易となっている。病院用HISと個人診療所用のレセコンや電子カルテシステムさえ同じ土俵の上にのせることも決して不可能ではなくなってきている。そこで扱う情報の互換性はどうするか。極めて多種多元的な医療情報に加えて歯科では歯式のような極めて視覚的でアナログ的な情報表記法がある。国際的な動向も見据えてこうした歯科独自の情報の標準化を行って行く必要があるだろう。

参考文献

[1] 玉川裕夫、廣瀬康行、竹原重信ほか:歯学部・歯科大学附属病院の病院情報システムを考える(ワークショップ). 第15回医療情報学連合大会論文集,47-50,1995

図1 新潟大学のネットワーク構成
表1 新潟大学のシステム構成
図2 北海道大学のネットワーク構成
表2 北海道大学のシステム構成