歯科病院システムに蓄えられたデータはどのように活用されているか- 大災害時における病院歯科医療情報の活用に関する提言 -
笠原 紳1) 漆原 譲治2) 石幡 浩志1) 島内 英俊1)
東北大学1)
株式会社ジーシー2)
A proposal for active usage of Medical/Dental information in disasters.
Kasahara Shin1) Urushihara Johji2) Ishihata Hiroshi1) Shimauchi Hidetoshi1)
Tohoku University1)
GC Corporation2)
After the Tohoku Earthquake, Tohoku University Hospital dental department visited the disaster area for traveling dental treatment and conducted an autopsy of the victims of the tsunami. For the identification of tsunami victims, dental information is valid. However, almost dental facility lost a lot of useful clinical information under the earthquake damage. We considered that there are many patients of the Tohoku University Hospital among the unidentified victims of the tsunami, which may be determined by matching the identity of the body at the hospital medical records and physical characteristics. Through the experience of this earthquake, it is suggested that Hospital medical information is useful to confirm the victims as well as emergency medical care.
Keywords: disaster, 災害, medical information, 医療情報, idendification, 身元確認

1. はじめに
 東北大学病院では医科歯科統合によって双方の医療情報を相互活用し、全人的医療へ貢献している。
 2011年3月11日M9の東北地方太平洋沖地震が発生し、東日本の多くの方々や医療機関が被災した。三陸沿岸地域の津波被害は甚大であり、ほとんどの歯科診療施設は壊滅的被害を受けた。東北大学病院も総力を挙げて被災地における医療活動に貢献し、津波犠牲者の検視に大きく貢献した1) 2)
 本発表では、東北大学病院歯科部門で行った津波犠牲者の身元確認作業や今後の歯科医療情報のあり方について論ずる。
 



2. 大規模災害時における歯科医療情報

2.1 被災地の歯科医療活動
 宮城県歯科医師会のHP(東日本大震災における宮城県歯科医師会の活動報告3))によると、被災地の歯科疾患は通常の救急対応が主であった。一方、津波犠牲者数が甚大であり、多くの歯科医師が検視業務にあたった。
 

2.2 ご遺体の身元確認に有効と考えられる病院情報システム内の活用について
 医療ガバナンス学会メールマガジン(東京医科歯科大学救急災害医学分野 大友康弘)4)に「・・・傷病者/死亡者比は、それぞれ東日本大震災 0.10、阪神大震災 6.80となる。死者(行方不明者)の数に比べ、負傷者の数が極端に少ないのが津波災害の特徴といえる。」 とあるように今回の震災による犠牲者のほとんどが津波によるものであった。
 当時宮城県警HPには「犠牲者の所持品等から推察される氏名等事項一覧」があり、表1に示すように遺体安置所ごとに氏名・年齢・住所は推定できるが身元の確定できないご遺体一覧が毎日更新されていた。
図1 遺体安置所における身元不明者一覧:手書きの数字は想定された患者ID

 「身元不明のご遺体の中には、東北大学病院を受診された方もあるはず。県警が公開している被災者の名前と病院診療録のデータを突き合わせ、手術痕等身体的特徴から被災者を確認することができるのではないか。」とご提案(東北大学大学院歯学研究科小児発達歯科学分野 中村卓史准教授)があり、県警発表リストから東北大学病院の受診歴の有無を調査した結果、表2に示すように約5%の方が東北大学病院受診歴を持つ可能性が示された。
図2 各遺体安置所における未確認遺体数とカルテ上で同一と考えられる人数:

 2011年8月18日現在、宮城県内だけでもいまだに 697名(宮城県警データ)のご遺体の身元が不明(総死者数の約4%)である。今後さらにご遺体が見つかる可能性もあるが、震災からの時間経過を考えると身元確認の手掛かりは確実に少なくなっている。表3は現在公表されている、未だに身元不明者の身体的特徴を示すリストの一部である。多くの方はすでに火葬、あるいは仮埋葬され、軟組織にあった特徴を確かめることは困難である。
図3 身元不明ご遺体の特徴の一部:








3. 病院情報システム内の歯科診療情報の有効性:今後の歯科情報への提言
 検視の際、歯科的情報が決め手となることは周知のことである。しかし、今回の震災のように歯科医療を受けていた地域の歯科診療施設のほとんどが喪失した場合、ご遺体の身元を確かめるために参照するX線写真や模型など歯科医療的情報はほとんど存在しなかった。この問題を解決するには、日常における歯科診療情報を各診療所以外にも保存する、いわゆるクラウドコンピューティングの概念が必須である。そこで歯科医療情報のデジタル化、共有や標準化のための議論が現在行われていて、将来的には歯科診療所における歯科診療情報も共有化できる環境整備が必要である。
 さらに、個人識別に関する手段として硬組織である歯にICタグを埋め込む研究も行われている。このような新しい概念・手段の実用については、個々人の許諾を含め、関係各方面との議論を行う必要があるが、今後進めるべき方向であろう。
 


参考文献
[1]東北大学病院地域連携センター.:「With」東北大学地域医療連携センター通信. 2011, 20.
[2]日本興亜損害保険株式会社.:リスクマネジメントタイムス. 2011, 20.
[3]宮城県歯科医師会.:「http://www.miyashi.or.jp/blog/.」
[4]医療ガバナンス学会メールマガジン.:「http://medg.jp/mt/2011/04/vol141-dmat.html.」
[5]石幡浩志、庄司 茂、島内英俊.:ICタグの歯内埋込みを応用した投薬安全管理システムに関する基礎的研究. 東北大学歯学雑誌、2010,24(1),35.