歯科検査における音声認識システムの有効性について
漆原 譲治1) 村上 恵子2) 伊藤 正満3) 鈴木 丈一郎4)
株式会社 ジーシー1)
村上歯科医院2)
愛知学院大学歯学部歯周病学講座3)
鶴見大学歯学部第二歯科保存学4)
The efficiency of the voice recognition system in a dental examination
Urushihara Jyouji1) Murakami Keiko2) Ito Masamitsu3) Suzuki Jyoichiro4)
GC Corporation1)
Murakami D.C2)
Aichigakuin-U3)
Tsurumi-U4)
Keywords: Born digital, ボーン デジタル, Voice recognition, 音声認識, Perio Chart, 歯周検査

1. 背景と目的
医療現場のIT化の流れは急速である。歯科分野でもエックス線画像や各種検査のデジタル化、電子カルテの普及とともに伸張を続けており、ユニットにはパソコンとモニタを装備するケースが増えている。パソコン操作のインターフェースはマウスやキーボードが大半である。BornDigital(紙記録からの転記ではなく最初からデジタル入力)で効率化を目指した方法の一つに、術者が発声する言語をコンピュータシステムが認識して入力する音声認識システムがある。医科ではエックス線画像の読影やカルテコメントの入力に使われている。歯科では治療、検査中に手が器具で塞がれている時の入力操作に有効である。特に歯周病の検査においては両手で器具を持ち、一度の検査で300を越える数のデータ入力を行う。手指、器具が患者の唾液、血液で汚染されており、マウス、キーボード、もしくはペンを持つことによる院内交叉感染が考えられる。また検査記録に専用記録者が必要であり、若い労働力の減少傾向を鑑み一人で検査と記録ができることが要求されている。これらの問題の解決手段として1999年に歯周検査専用ソフトウエアに歯科専用語彙を持つ音声認識エンジンを組込んだ歯周検査システムを開発した。その後、改良を重ねており、その有効性について報告する
2. システム構成と評価方法
システム構成は ①パーソナルコンピュータ ②音声認識エンジンを実装した歯周検査ソフト ③ヘッドセットマイクを主構成とする。普及を考え②を除き市販製品で構成した。
音声認識エンジンには単語、単音に対応するコマンドコントロール用と、文章に対応するデクテーション用があり、歯周検査においては前者を採用した。音声認識エンジンに対する要求品質として、認識率、反応性、耐ノイズ、エンロール不要の不特定話者対応としてた。検査項目別に歯科専用辞書を作成した。数世代にわたる改良を重ね、現在に至った。
①衛生面 ②効率(時間、人) ③データの品質 ④検査結果の説明 ⑤データの2次利用、という要素で評価した。

3. 結果
3.1 衛生
歯科は検査者が被検査者の口腔に触れた手で他のものに触れる院内交叉感染の危険性が多々ある。一人で検査表に手書きをするケースが筆記用具と検査票の汚染が顕著である。音声認識を用いると口腔に触れた手指でペンや検査表に触れることがほぼ無くなり、一人での検査でも大幅に交叉感染防止に有効であることが確認できた。

3.2 効率
検査に要する時間で評価した。手馴れたものが2人行えば当然早いが音声認識を用いてIT化して一人で行ったケースと比較した。
2003年鶴見大学保存科の研究を掲載させていただく。①音声認識システムを使っての一人検査。②手書きによる一人検査。③手書き記録者との二人検査を行った結果、所要時間では③<①<②であり、一人検査においては手書きより短時間で行える。ばらつきは検査者の歯周検査自体の熟練度と音声認識率の違いと考えられる。③により近くなれば、検査後の説明も含めたメリットは大きい。
図1 計測時間比較:

3.3 データの品質
人が介在することでエラーが発生する(ヒューマンエラー)。また、一人でマウス、キーボードやペンで入力すると目線が検査部位とキーボード間の移動を繰り返してストレスとエラーが生じる場合がある。日本歯周病学会専門医申請用歯周検査ソフトの開発時に作成時間と併せてミス件数を測定したが注意して行っても記録やキー入力にミスが発生した。音声認識でBornDigital化すればミスの低減にもつながる。

図2 手書きによるミス率:

図3 ミス率低減と作業時間:

3.4 検査結果の説明
検査後に結果を被検査者に説明するが、手書きであるとPCRやPD,BOP率は電卓でも時間がかかる。音声認識機能のあるソフトウエアであればリアルタイムで計算、分析され、且つ、わかりやすいチャート表示も可能である。過去データの比較や長期間での推移、プリントアウト等IT化のメリットは大きい。
実際に臨床で音声認識を使用している医院のデータであるが、検査時間と分析にかかる時間が手書きに比べて削減されるのでその分処置や説明に時間をかけることができている。

図4 音声入力システム導入による作業時間の変化:

3.5 データの2次活用
これは音声認識が持つIT化のメリットであるが、アナログと違って、分析、加工、情報の共有、再利用が可能である。
図5 総合評価:
4. 考察
各項目において操作者や環境により差はあるものの、歯周検査において音声認識システムは総じて有効と評価できる。ただし、検査環境や検査者の発声方法、声質、音声マイクやパソコンのサウンドボードにより認識率が変異するケースが散見された。現在、機能アップしたバージョンを複数の研究機関でテストを進めており後日、結果報告をしたい。
また、無影灯の点灯、消灯、マイクロモーターの回転等、医療機器制御への音声認識機能の応用テストを開始している。院内交叉感染の防止に有効と考えられるが、100%正確に認識できるわけではないので医療機器の安全性を確保するために、最終的な実行にはフットペダルを踏むなどの確認手段が必要である。
5. まとめ
音声認識システムは使用環境を整備、選択することにより、衛生面、効率、品質において効果があり、特に歯周検査には有効であり、歯科検査におけるBornDigitalのための一方策であるといえる。