歯学部附属病院情報システムは何に貢献できたのか、できるのか。
玉川 裕夫1)
大阪大学歯学部附属病院 医療情報室1)
To what can/were able to the dental hospital information system contribute?
Tamagawa Hiroo1)
Division for Medical Information, Osaka University Dental Hospital1)
When considering the area of hospital information system for dentistry, sometime we could implement the common parts with medical systems and the other time we must implement very different parts. It is because we have different back ground with medical systems. In this symposium, I will clarify the difference and organize how the members of this association have been solving these problems and yet we still have something unresolved issues. The most important issue we need to discuss is that information exchange in the dental fields.Our hospital information system has enough volume of patient record to make up a huge dental database to get the results from "similar case" searching. However, we did not discuss much about how the standardized dental history covers individual information exchange in their life long. We are going to have new developments of health care systems such as Google Health or Microsoft Health vault. Then, I would like to discuss the tooth status coding and their potential for future dental information exchange.
Keywords: Dental Hospital, 歯学部附属病院, contribution, 貢献, society, 社会, ,

1. はじめに
 歯科・口腔外科領域の病院情報システムは、医科を対象としたシステムと背景が異なるため、全く異なった仕様を実装しなければならない部分と、共通利用できる部分とがある。本シンポジュウムでは、それらの違いを再確認すると同時に、本学会の歯科関係者がそれらの整合性維持にどのように取り組んできたか振り返る。さらに、現在明らかになりつつあるネットワークを前提とした健康情報管理のインフラストラクチャに、歯科・口腔外科領域の病院情報システムがどのような関わりを持てるかについて提案し、関係者の相互理解を得ることを目的とする。
2. 歯科の病院情報システム

2.1 背景
 医科と歯科の病院情報システムでは、下記のような背景の差違が考えられる。
1)診療の流れが異なる。
 例えば内科の、診断(検査)→投薬→経過チェックとい う流れに対し、歯科では診断→処置→経過チェックという流れで診療が進む。しかも、歯科では処置中心である。処方オーダや検査オーダなどが多くのユーザの目にさらされてインタフェースが洗練され、現場のニーズにマッチするよう成長してきたのにくらべ、歯科処置オーダのユーザは少なく、淘汰のすえ効率良いインタフェースが生まれるまで充分に練りあげられる時間も不足している。また、診療録を書きながら診療することも内科では容易であるが、歯科ではきわめて困難である。診療終了後、カルテを書くというスタイルが一般的とならざるを得ないが、これらの差違をシステム側でうまく吸収するには、規模の大きな改造が必要になる。
2)保険制度の制約が大きく異なる。
 歯科では病名と処置との関連が密接であり、ま た処置内容そのものにも時間的な前後関係があっ て、それらが整合性を保っていないと、保険請求できないという大きな制約がある。矯正治療など本来保険請求できない行為を自費として算定する場合はさておき、一般的には保険の細かな制限をまず頭にいれて、その日できる処置を決めなければならない。この点で歯科専用のアプリケーションはすぐれており、保険請求面でのエラーがあってもシステム側でチェックしてくれるため、当該アプリに初対面であっても困らないような工夫がなされている。しかしながら、それらは歯科診療所を対象としたシステムであって、大学病院で使われているシステムとして歯科の保険請求にきめ細かく対応できるようなインタフェースを備え、かつ診療録としての真正性もきっちり確保できるという2つの条件をうまく満たしているものは、あまり見かけない。おそらく、開発がたいへん困難であると推測できる。というのは、大学病院には医事会計システムを使用する前に、医事会計そのものがよく理解できていない研修医が毎年多量に入ってくるからである。彼らにあわせて作成したシステムはベテランにとって冗長であり、ベテランが効率良く入力できるシステムは彼らにとって不可解な点が多いシステムであろう。
3)口腔という小さな領域をたくさんの区分に分けている。
 歯科では診療科の専門性が高い。小さな領域を分け、よく似た内容をそれぞれ個別の流儀で処理しているため、院内の規格をあわせることすら時間を必要とする。いいかえれば、疾病を歯単位でとらえがちで一個体としての患者を診るという考え方が根付きにくい。

 これらの背景をふまえて既存の病院情報システムパッケージに改良を加える必要がある。しかしながら、多くの市中病院における歯科・口腔外科の位置づけは、病院経営への貢献度という社会的、構造的に解決が難しい理由のもとに、充分な発言力が発揮できない状態にとどめられている。

2.2 本学会での歯科課題研究会
 1996年の第16回医療情報学連合大会で、日本医療情報学会課題研究会の一つとして「大学附属歯科病院情報処理研究会」が発足した。この研究会は、大学病院の歯科病院情報の問題を扱うこととし1996年11月から2001年5月にかけて活動した。その後、”歯科分野における保健医療福祉情報の標準化に関する研究会”にバトンタッチし、さらに同研究会は2006年から”歯科医療分野における情報交換に関する研究会”として現在も活動を継続している。研究会の名称の連続性もさることながら、病院情報システムから出発し、広く歯科医療の情報交換へと研究対象を拡げてきていることが表れている。

2.3 連合大会での発表内容変遷
 表1に過去の連合大会で開かれたシンポジュウムのうち、1999年と2008年を例にタイトルと演者をまとめた。歯科の病院情報システムが医科と同様、裾野を拡げているのがよくわかる。国をあげての医療IT化がもたらした影響もあろうが、個々の医療機関での労力が画像を含めた診療録・診療諸記録の電子化へシフトしている。これは、医科の大学病院が歩んできた経緯とそれほど変わらない。
3. 新たな潮流

3.1 ネットワークを利用した情報交換
 医科では、ネットワークを利用した情報交換がよく研究され、いわゆる遠隔医療や地域での医療情報共有がおこなわれてきた。地域の中心的な医療機関が、国や地方の援助を受けてシステムを作るという形が多かったが、最近ではGoogleやマイクロソフトが、一般ユーザの健康情報を預かるサービスを開始するに至っている。
1)Google Health
 日本でもサービスが始まっており、いわゆる患者基本情報に相当する、誕生日、性別、人種、血液型、体重、身長が登録できる。Conditionsのタグを選ぶと、病名選択画面に遷移し、そこから病名を選んで、現症を細かく記入できるようになっている。ちなみに、Dental Cariesを選ぶと、開始日、終了日がカレンダーから入力でき、どのような状態かをフリーテキストでいれることができる。残念ながら、歯の部位情報をいれるインタフェースはない。
2)マイクロソフトのHealthVault
 日本ではサービスがまだ始まっていないので、ID登録とログインはできるが、そこから先へは進めない。
このような流れは今後もっと大きくなり、個人の様々な情報がいわゆるクラウドの向こうに蓄積されるようになるであろう。

3.2 ではいったい何に貢献できるか
 表1をみると、歯科の病院情報システムを導入している機関では順次診療録を電子化し、院内の紙情報を減らしつつあると考えられる。すなわち、ハンドリングが困難なフィルムや紙カルテを電子化し、病院情報システムとして蓄積した患者情報を効率良く使って、業務の効率をあげようとしているのである。さらに、蓄積された情報を検索して目の前の患者さんに役立つ情報を得ようとする動きも出てきている。いわゆるEBMもパラダイムシフトし、病院情報システムのデータを連係して、巨大な患者データベースとし、”似たもの探し”ができるインフラストラクチャが現れるものと考えられる。


3.3 それには何が必要か
 歯の病歴をどのような情報粒度で残すかの議論が必要と思われる。
 たとえば、保存修復物をいれると電子診療禄には詳細な情報を残すことができる。しかし、すべての履歴を残す必要があるかどうかについては、議論の余地があろう。これまでは、何を目的とするかによって、集める情報が異なるという考えが中心であったが、Googleの出現を境に考え方が変わったと思われる。
 一方で、歯科疾患実態調査は1957年から6年毎に実施され、最新の調査は平成17年に結果が発表されている1)。日本の歯科に関する調査のよりどころであり、階層化無作為抽出された被検者群はおそらく調査時の日本の歯科保健の状態を代表する値を持っているであろう。
 私は、病院情報システムの情報をこの粒度にあわせて変換し、情報共有できるような社会的仕組みを作れないかと考えている。その粒度は、現在各地で行われている歯科健診データと共通であり、過去の資料を含めて相互比較を容易に行えるであろう。大学病院に通院する患者という偏りが歯科疾患実態調査とくらべてどれくらい大きいか、あるいは情報の精度そのものについての検討、較正も必要であるが、有意な情報を見つけ出せる可能性は高い。
 具体的な提案として図1に、歯科疾患実態調査をもとに作った歯数変化モデルを示した。目の前の患者さんのDMF歯数をいれると、実態調査の結果に基づき、年齢に伴う歯数の変化を予測して、グラフ表示する仕組みである。これ以外にも様々な健康指標についてシミュレーションができるデータが、歯科の病院情報システムから得られるに違いない。
4. まとめ
 これまで述べてきたような貢献をするには、少なくとも歯の部位情報、病名、歯科診療行為の標準コードが必要であるが、これらはレセプトオンライン化の準備のためにすでに作業が終わっている。診療行為に付随する材料と薬剤についても、生物由来製剤を含めてトレーサビリティが求められるものを中心に標準化がすすめられつつあり、具体的なコード表示も出てきている。足りないのは、DMFに関するコードすなわち、歯の状態を表すコードである。
 このような視点から”今後何を標準化するとよいか”について、本シンポジュウムで意見交換したいと考えている。
参考文献
[1]財団法人口腔保健協会.:解説 平成17年歯科疾患実態調査. 財団法人口腔保健協会,2007:144.

表1 連合大会シンポジュウムの演題と演者:
図1 大規模データに基くシミュレータの例: