歯科電子カルテシステム導入の光と影
齊藤 孝親1) 松島 潔1) 笹井 啓史1) 矢崎 貴啓1) 木本 統1) 内山 敏一1) 淺野 隆1) 大沢 聖子1) 高橋 幸雄2) 山田 文香3)
日本大学松戸歯学部付属病院医療情報管理部1)
富士通株式会社2)
(株)富士通中国システムズ3)
Lights and Shadows of Introducing the Electronic Dental Record System
Saito Takachika1) Matsushima Kiyoshi1) Sasai Hirofumi1) Yazaki Takahiro1) Kimoto Suguru1) Uchiyama Toshikazu1) Asano Takashi1) Osawa Seiko1) Takahashi Yukio2) Yamada Fumika3)
Nihon University Hospital, School of Dentistry at Matsudo, Department of Medical Informatics1)
Fujitsu,Ltd2)
Fujitsu Cyugoku Systems,Ltd3)
We have been operating an electronic dental record system that integrates patient information from both medical and dental records since 2006. As a result, we have been able to provide dental care in a nearly paperless and film-free environment, by equipping each dental care unit in our clinic with electronic record terminals. The dental record system has been very stable and functions well in daily practice, including sharing information among medical, dental, co-medical, and co-dental care providers. In a survey of patient satisfaction, the system was also evaluated highly, with a mean score of 4.1 on 5-point scale for the ‘utilization of electronic records,’ while ‘waiting time for checkout’ also scored higher after introduction of the system. Thus, we consider that the system has been recognized to be useful by both medical staff and patients. On the other hand, problems remain, as the users are forced to accommodate the system at times, the system has some inconvenience because of its greater flexibility as compared to receipt machines, and the primary function of electronic records such as making better use of data is not sufficiently fulfilled even though paper records have been largely replaced by electronic media.
Keywords: Electronic Dental Record System, 歯科電子カルテシステム, Hospital Information System, 病院情報システム, Affordance, アフォーダンス

1. はじめに
 日本大学松戸歯学部付属病院では病院棟の新築移設に合わせ、2006年4月1日から患者中心医療の展開、医療の質・医療安全の向上、病院経営への寄与等を目的に、医科歯科統合した病院情報システムとして歯科電子カルテシステムを稼働させ、186台の歯科診療ユニットごとに電子カルテ端末を配置し,ほぼペーパーレス、フィルムレスの環境で診療を行っている1) 2)。システム稼働から3年が経過し、歯科電子カルテシステムは日常の診療に溶け込み、診療録として、診療ツールとして利用されているが、電子カルテとしてのより発展的な活用にまでは至っておらず、また、歯科レセプト対応の困難さなども続いている3)
 今回、当院におけるこのような歯科電子カルテシステム導入の経験から、これからの歯科システムに求められるものを考察する。

2. システム概要
 当院の電子カルテシステムは,医科で一般的なHOPE/EGMAIN-EX(富士通) を中核に,その歯科ライブラリを歯科病院用に拡充・開発したもので、医科歯科統合したシステムとなっている。電子カルテ端末は、全ての歯科診療ユニット含め約300台を配備している。
 部門システムは医事会計システムHOPE/X-WIN、放射線システムHOPE/DrABLE-EX,臨床検査システムLAINS-PC、物流システムPDSideを用いた。なお、パノラマエックス線撮影と単純エックス線撮影は医科撮影と共用のFCRシステム(富士フィルムメディカル)であるが、歯科用エックス線撮影についはVistaScan(ヨシダ)とScan X(モリタ)との連携を行った。
3. 歯科要件の概要
一般的な電子カルテの要件に加え、当院の歯科電子カルテシステムで設定した歯科的要件は、以下のようである(順不同)。
  1. 問題指向型(POS)歯科電子カルテと治療計画書への対応
  2. 療養担当規則に準拠した歯科診療録表示形式への対応
  3. 診療科、歯科ユニット,医員,歯科衛生士,診療機材を関連付けできるアポイントシステムへの対応
  4. 歯科病名・処置の適正入力への対応
  5. 歯科レセプトへの対応
  6. 歯科技工・貴金属管理への対応
  7. 口腔診査記録、歯周検査記録等の歯科検査記録への対応
  8. 歯科エックス線撮影14枚法など歯科撮影への対応
  9. 歯科衛生士業務記録への対応




4. 考察
 歯科電子カルテシステムの稼働した2006年度に比べ、2007年度、2008年度は外来患者数は増加傾向にあったが(図1)、歯科電子カルテシステムは患者数等の増加に対しても非常に安定した稼働を示し、医科、歯科やコメディカル、コデンタルとの連携含め歯科電子カルテシステムは日常の診療の中に溶け込み、情報共有等のメリットを大いに発揮している。例えば、保管庫に出向いてのカルテ、フィルムの検索や運搬の必要がなくなり、院内ならいつでも、どこでも患者情報を利用できる利便性は大きく、医科と歯科含めて1患者1カルテとなって情報共有ができるようになったことは患者中心と医療安全の視点からは大きな利点である。フィルムレス化の利点は、ユニットサイドですべての画像を閲覧できるだけでなく、撮影直後から画像を閲覧できることで患者が放射線科から戻る前に読影できるなど、診療効率化への寄与も大きいと思われる。紙カルテでは個性的過ぎて判読できない文字もよくみられたが、電子カルテ化によって判読不能な文字はなくなった。このことは、インフォームド・コンセント、カルテ開示にあたって非常に重要であり、電子カルテ化の特に大きな利点といえる。また、電子カルテの画面で、カルテ、画像、検査記録などを表示しながらインフォームド・コンセントを行うことで、よりわかりやすい説明を行うことができる効果は大きいものがある。昨年実施の患者満足度調査の結果4)では、「電子カルテの利用度」は5ポイントスケールで平均4.1ポイント、「会計での待ち時間」に関する評価も電子カルテ導入後の方が高ポイントとなっており、歯科電子カルテシステムは医療者側、患者側、双方に認知されているといえよう。
 しかし、その反面、導入・維持管理コストが病院経営的に見合ったものかという根源的な問題以外にも、利用者がシステムに合わせることを強いられている部分があること、レセコンと異なり自由度がある故の不自由さがあること、診療録として紙を電子媒体に置き換えてはいるが、データの利活用といった電子カルテ本来の機能を十分発揮できていないことなどが課題となっている。
 図2は、電子カルテオペレーターへの問い合わせ件数の年度別推移であるが、電子カルテシステムが稼働した2006年度に比べ、2007年度、2008年度は問い合わせ件数は半減している。しかし、2007年度に比べた2008年度の問い合わせ件数の減少はほとんどない状態となっている。このことの一因としては、保険診療の経験が浅い新卒者に限らず、自身で日常使用している領域以外の操作は容易でなく、不明な点が生じやすいことが考えられる。電子カルテの要件である選択の自由度確保は重要ではあるが、歯科の保険算定ルールは医科に比べるとあまりにも複雑なため、適切なナビゲートやアノテーション機能の充実は必須といえる。医科と異なり、歯科ではパノラマ撮影を行うための病名要件、加圧根充加算算定時の口内法撮影要件や、パノラマ撮影との同撮による口内法等の点数逓減、検査オーダーでの病名要件や入院・術前要件など多くの要件や制限があるため、システム以外に運用でもカバーしなくてはならない部分が多く、歯科レセプト作成にあたっての電子カルテシステムと医事会計システムの整合性を取ることの困難さも大きな問題となっている。「多忙な現場医師等のために電子カルテに関連するストレスを極力軽減する努力が何よりも必要である」5)と指摘されていることからも、システムとしての対応は必要であるが、歯科においては、まず先に、システム構築の前堤となる歯科の保険算定ルールの複雑さの解消にむけた検討が望まれる。



参考文献
[1]矢崎貴啓,松島 潔,齊藤孝親,笹井啓史,高橋幸雄,吉田純一郎,山田文香,安藤光昭.:歯科電子カルテシステムの構築と運用. 医療情報学,27(1),77-81,2007.
[2]齊藤孝親,松島 潔,笹井啓史,矢崎貴啓,内山敏一,大沢 聖子,高橋幸雄,山田文香.:歯学部付属病院における歯科電子カルテ導入時の諸問題とその対応について. 医療情報学,27 (Suppl.):60-61,2007.
[3]齊藤孝親,松島 潔,笹井啓史,矢崎貴啓,内山敏一,大沢 聖子,高橋幸雄,山田文香.:歯学部付属病院における歯科電子カルテ運用時の諸問題. 医療情報学,28 (Suppl.):173-176,2008.
[4]木本 統,内山敏一,後藤田宏也,黒木俊一,郡司敦子,有川量崇,西谷知子,河野哲朗、田名網宏樹,長濱文夫、笹井啓史,和田守康.:新病院棟建設後の患者満足度調査. 日歯医療管理誌,43(4):254-263,2009.
[5]今井壽正.:導入から5年で明らかになった電子カルテの光と影. 新医療,7:76-78,2007.

図1 外来患者数の推移(月平均患者数):
図2 電子カルテQA件数の推移(月平均件数):