Ontology 的分析により構築した記述モデルによる病名やプロブレムの変遷の表現可能性
廣瀬 康行1)
琉球大学 医学部附属病院 医療情報部1)
Descriptive abilities of the "ontological XML Schema" in the representation of diagnoses/problems transitions
Yasuyuki Hirose1)
Medical Informatics, University of the Ryukyus Hospital, Okinawa, Japan1)
Abstract: The author examined the descriptive abilities of the "ontological XML Schema" in the representation of diagnoses/problems transitions. It was found that the description of it was very easy and feasible. The description consist of thee portion: (i) diagnosis/problem portion, (ii) problem list and problem transition portion, and (iii) problem list transition portion. Therefore it was concluded that "ontological XML Schema" has enough abilities to represent of diagnoses/problems transitions.
Keywords: problem transition, ontological representation, model, XML Schema, POMR

1. 緒 言
著者はプロブレムの変遷を記述するためのsyntaxを試作し,これを報告している1). また最近では前著2)にて,,高い表現自由度を有するontology的な診療情報記述モデルを創案したことを報告した.このontology的な記述モデルは Substance, RelatedObject, Relation という三つの主要なクラスと共に,Topology と Dimension という修飾的なクラスを有しているが,これらは全て概念的に扱われており,かつ多重グラフ構造を許容しているので病名やプロブレムの変遷を記述する際にも容易に応用可能と思われる.よって著者が試作したプロブレム変遷記述用syntaxに盛り込まれる諸情報を,ontology的な診療情報記述モデルによって充分に表現しうるか否か,その記述可能性を検証した.
2. 方 法
前述の通りである.なおontology的な診療情報記述モデルでは全てのインスタンスが同一名称となるので,作業上,概念モデルは通常の方法で UML クラス化する開発工程を挿入した.
3. 前 提
3.1 プロブレムリストとプロブレムの構造
プロブレムリストの構造は次の通りである: プロブレムの構造は次の通りである: これらは図1に図解する.
図 1 病名やプロブレムの変遷
3.2 プロブレム変遷記述用syntaxの述語等
プロブレム変遷の構造は図1の通りである. ここでは以下の6種の述語が用意されている: さらに,以下に挙げる修飾句を付加することができることとしている:
3.3 診療記録の構造
プロブレムや病名は導出され,場合によっては変遷し,場合によっては消滅する.すなわち脈絡無く降ってきたり沸いてきたりするものではなく,むしろ医師の創造的な思考過程の成果として現われ来るものである.
著者は,プロブレムの生成と解決に関わる思考過程についても既に概念モデリングを終えておりり3), その概略を図2に示す. 一方,プロブレム指向の診療録記述方法としてPOMR4)5) がある. それらいずれも語るところは,プロブレムとその変遷は,個々のプロブレムとある時点のプロブレムリストとから成る閉空間のみで成立するものではなく,(i) 充分な吟味の評価対象となった重要な症状や兆候(図2のAE)との"入出力",(ii) 症状兆候や検査結果または各種報告等からの"入力", (iii) 鑑別診断(図2のPLp)との間の"入出力"などがありうるということである.
図 2 思考過程の概略概念図(局面のみ)
そして各局面は時間経過によりプロブレムリストの変遷を軸としつつ,連なることになる. なお各局面をcycle1)またはfacet2)と呼び, 一連の連なり全体をprocess1), そのなかで臨床的に意義のある区切りを stage1)またはphase3)と呼ぶ.
よってプロブレム変遷記述用syntaxは将にそのような事情に基づいて組み立てられている.すなわち図2のAEやPLpとの"入出力"を表現するためのリテラル(AE,PLp)を用意している.さらにプロブレムの階層間における編成を表現するためのリテラル(self, child, superior)をも用意している.
なお図2において,PLはプロブレムリストを,PLpは鑑別診断を,AEは前述の通り,GAは治療目標を,Gapはその候補を,APは診療計画を,Aspはその候補を表わしている.また,AEijは検査結果や症状や兆候で,Aijは実施した治療行為などである.
3.4 プロブレム変遷記述用syntaxの構造概要
三つのportion(HEAD, BODY, TAIL)で構成している.
HEADには,書誌事項が記される.その中にはTransition Typeとして,プロブレム変遷の"記述"種類も記されることとしている(図3):comparison(プロブレムリスト全体の変遷),extraction(焦点をあてたプロブレムのみの変遷),model(プロブレム変遷のモデル)
図 3 プロブレム変遷記述の種類
BODYにはHEADで規定した"種類",すなわちTransition Typeに応じたプロブレム変遷そのものが記される.なお抽象的な時期または時間区間であるcycle(facet)やstage(phase)をも記述できるようにしている.
TAILには実システムのデータベースを特定し,それへのmappingを記すこととしている.
3.5 ontology的な記述モデル(UML)
図4の通りである2)
図 4 ontology的な記述モデル(UML)
3.6 ontology的な記述モデル(図解)
図4が実際どのように展開されるかを図5に記す.
図 5 ontology的な記述モデル(図解)
図中で楕円はSubstance,縦長の大きな長方形はrelation,小円はRelatedObject,菱形はTopology,横長の小さな長方形は修飾クラス,すなわちDimensionやOrientationを表わしている.
3.7 対象外とした事項
今回の報告にあたって,ontology的な診療情報記述モデルによる記述可能性の検証対象外とした事項は,AEやPLpとの間の入出力,およびTransition Typeの表現である.
4. 結 果
当初の予想通り,病名やプロブレムの変遷を表現記述する,という本研究主題の範囲内においては,特段の不都合は無く記述できた.
4.1 病名またはプロブレムの構造と構築
病名の構造とその構築については,大江らによるMEDIS-DC編纂ICD準拠標準病名マスター第2版6)を参照しつつ改変を加えて,次のようにした:
部位+前置修飾語+根幹病名+後置修飾語
そしてそれぞれの要素は,ontology的な診療情報記述モデルにおけるSubstanceによって表現し,その結合はRelatedObjectとRelationとを用いて行った.またプロブレムや病名の属性はDimensionを用いて表現できた(図6).
ここでCoreDxProblemは根幹病名を,Adjectiveは修飾語または部位を,そしてDxProblemは構成された病名またはプロブレム全体を現している.これらはすべてSubstanceである.またProblemAttributeはDimensionにて表現することになる.(註:図6ではrelationを省略している)
図 6 病名の構築
なおSyntaxConstraint,ProblemAttribute内のownershipとauthorshipとは,現状のontology的な診療情報記述モデルにおいては範囲外としており,考察で言及する.
また,プロブレム変遷の様相を表す述語そのものの表現は,今回の報告では対象外である.というのも現状での記述モデルはある時点での状態を表現するのみであり,変遷「させる」というactionの表現を含まないからである2)
多層性のプロブレムについては,後述するプロブレムリストと同様にして,これを構築表現することができる.
4.2 プロブレムリスト
ある時点のSubstanceプロブレムリスト全体を,その時点におけるSubstanceプロブレムおよびRelatedObjectとRelationにより構成する(図7).
なおListConstraintとSetConstraintは,現状のontology的な記述モデルでは範囲外としており,考察にて言及する.(註:図7ではrelationを省略している)
図 7 プロブレムリスト(UML)
4.3 プロブレムの変遷
これも容易に表現可能であり,時刻tにおけるプロブレムリスト内のプロブレムと,時刻t+1におけるプロブレムリスト内のプロブレムとを,RelatedObjectとRelationによって連結させることとなる(図8).なおプロブレムリスト間の関係表現も同様となる.
図 8 プロブレムの変遷(UML)
したがって,プロブレムリストの変遷,プロブレムリストに属するプロブレム,各プロブレムの変遷は,図9のように表現されることになる.
図 9 プロブレムの変遷(全体像)
5. 考 察
5.1 主病名について
本邦では保険診療報酬請求における査定の観点から主病名が求められ,これをフラグにて判別してきたが本報告では割愛した.なぜなら,これは優先度(priority)や重要度(rank)により,表現または処理が可能だからである.
5.2 学術病名等について
本邦ではこれまで保険診療報酬請求における査定の観点から,学術病名と保険傷病名とが弁別されてきた.DPC実施以降は,これが緩和されたというものの未だ必要となる場合もある.一方,精神疾患病名においては実病名ではなく"言い換え病名"を用いることがある.
これらについては実システム内の変換表で変換されることが多いが,ontology的診療情報記述モデルを用いれば,エイリアスとして記述保持することもまた容易である.
5.3 現状での制限
現時点のontology的な診療情報記述モデルでは act/event を割愛しており,ために,システム時刻の管理や関与者の管理も対象外としている.これらは権限管理やアクセス制御とも密接に関連しているため,初期段階でこれらを含めると,無防備に複雑性を増大させることになるからである.なお著者はこの点に関する研究も併せて実施している7)
5.4 アクセス制御
病名やプロブレムは sensitive な診療情報ゆえ,実装システムにおいては細かなアクセス制御が必要となる.このような機能を支援するための諸属性は,前述したact/eventや関与者の管理とも密接に関連する事項である.よって今後の検討課題である. なお作業モデルではProblemAttribute内のownershipとauthorshipが,これに相当する.
5.5 保険関係の記述
前述と同様の事由により,今回の報告からは割愛した.
5.6 関係の制約
作業モデルでは関係を結ぶ際の制約を表現するためのクラスである,SyntaxConstraint,ListConstraint,SetConstraintを試案した.しかし実際にはUMLクラス図のみで表現するのは困難なため,HL7 v3 CDAの拡張記法をさらに拡張しながら制約モデルの策定を続けている.
5.7 MedicalActionとの関連
前述したact/eventや関与者の管理ならびに関係制約とアクセス制御に関わる諸問題を解決しつつ,今後にモデリングしていく.
6. 結 語
これまでの病院情報システムでは,病名やプロブレムの扱いは,あまり重視されてこなかった感を否めないが,今後は DPC への対応や臨床知識の蓄積と管理応用において重要となろう.本成果は未完ではあるものの,それらに資するものと思われる.加えて,既に矢嶋がサンプルアプリケーションを提示している8)
なお今後の活動状況や詳細についての最新情報は当方のサイト9)を参照願いたい.
7. 謝 辞
本研究は厚生労働科学研究医療技術評価総合研究事業H12-医療-009の成果に基づきつつ新たにH15-医療-050の助成を受けて実施されている.
参考文献
[1] 廣瀬康行.プロブレム変遷記述言語に必要な述語群.第17回医療情報学連合大会論文集 60-61, 1997.
[2] 廣瀬康行,矢嶋研一,森本徳明,佐々木好幸,成澤英明,尾藤茂.歯科所見のontology的なモデル分析に基づくXML Schemaの構築.医療情報学 23(1) 33-43, 2003.
[3] 廣瀬康行,佐々木好幸,木下淳博,水口俊介.問題解決空間の定式化に関する考察.医療情報学 17(3) 185-192, 1997.
[4] Weed LL. Medical records that guide and teach. New Engl J Med. 278: 593-600, 1968.
[5] Weed LL. Medical Records, Medical Education and Patient Care. 2nd ed. Cleveland: Case Western Reserve University Press, 1971.
[6] MEDIS-DC編纂ICD準拠標準病名マスター第2版.
[7] 廣瀬康行.関係者と組織との諸関係を記す 役柄-配役-立場モデル.医療情報学 23 Suppl, 2003. (in printing)
[8] 矢嶋研一,廣瀬康行,森本徳明,佐々木好幸,成澤英明,尾藤茂.診療履歴情報とプロブレムのontology的リンクモデルと電子カルテシステムへの適用.医療情報学 23 Suppl, 2003. (in printing)
[9] www.hosp.u-ryukyu.ac.jp/medi/csx/