診療履歴情報とプロブレムのontology的リンクモデルと電子カルテシステムへの適用例
矢嶋 研一1) 廣瀬 康行2) 森本 徳明3) 佐々木 好幸4) 成澤 英明5) 尾藤 茂6)
矢嶋歯科医院1)
琉球大学 医学部 附属病院 医療情報部2)
矯正歯科森本3)
東京医科歯科大学 歯学部附属病院 歯科医療情報部4)
昭和大学 歯学部5)
(株)シーフィックソフトウエア6)
application of Ontological problem-episode relation model
Kenichi YAJIMA1) Yasuyuki HIROSE2) Noriaki MORIMOTO3) Yoshiyuki SASAKI4) Hideaki NARUSAWA5) Shigeru BITO6)
Yajima Dental Clinic1)
Infomatics,Ryukyu University Hospital2)
Morimoto Othodontic Office3)
Hospital,Tokyo Medical and Dental University4)
Showa University School of Dentistry5)
Seafic Software Corp.6)
Abstract: We study the ontologocal meta model for description of the state in the dental domain.
A patient record consists of a problem and episode. It is important to record the relation between a problem and episode.This relational model can be expressed by the ontologocal meta model.So we developed new patient record sysytem based on the ontologocal meta model.
Keywords: problem, ontology

1. はじめに
 我々は昨年度まで歯科所見の記述書式をontology的な方法でモデル化する研究を続け本学会に発表してきた2)1)。本研究ではそれを診療履歴情報とプロブレムの関係表現に実験的に拡張し、それを実際の電子カルテに応用したものを呈示する。
2. 関係を意識した医療情報モデル
 電子カルテを構成する医療情報は大きく2つに別けられる。一つは所見、検査結果、処置といった経過記録のような履歴型の情報(診療履歴情報)であり、もう一つは病名、プロブレムといった概念型の情報(プロブレム)である。
 医療行為は診療履歴情報から病名、プロブレムといった概念を導きだし、それを解決するための最善の治療を施し、その経過を観察するというサイクルをくり返す。このサイクルの中で発生した様々な情報が記録されたのがカルテである。
 しかしながら、個々の情報が時系列に並べられただけの記録ではプロブレムの根拠となった所見を明確にしたり、逆にどのプロブレムのために行われた医療行為なのかをはっきりさせることができない。これらを明確にするには、個々の情報がどのような関係を持っていたのかを同時に記録する必要がある。そしてそれはSOAP形式のような単純なリンク関係では不十分である。
 複数の検査や所見から複数の病名やプロブレムが導き出され、複数のプロブレムの解決を目指して複数の治療行為がなされる。プロブレムは分離、統合、変化していき、それがまた複数の診療履歴情報と関係を持つ。さらにその関係がただ存在するかどうかだけでなく、その関係がどういった意味を持っているかということも重要な要素となってくる。すなわち、本質的に多対多の関係が複雑の絡み合っている状態を表現・記録できるモデルが必要なのである。4)5)
3. ontology的記述モデル
 ontologyとはW3CのOWLのドキュメントよれば「世界にある事物の種類とそれらの関係の仕方を記述する科学」6)とされる。我々が研究してきたontology的記述モデルではそれを「内容」となるクラス間を「関係」を表現するクラスで関係を結ぶことで表現した。
 「内容」から作られる複数のインスタンスは「関係」に含まれる「関係結合子」クラスのインスタンスにより意味を持って結び付けられる。すなわち意味を含んで多対多の関係を表現することが可能である。
 研究の過程で、この方法は非常に柔軟で情報粒度に依存しない無限の表現力を持ち得ることが確認された。例えば「歯は、歯冠と歯根で構成され、歯根には歯根膜が存在し、歯根膜には...細胞には核が存在し...DNAは塩基から構成され...原子には電子と原子核...」といった事まで記述可能である。3)
 さらに、ontologyが知識表現の方法であることから、記述されたものはコンピュータで解析可能な知識表現でもあることが期待される。
4. モデルの拡張と実装
 ontology的記述モデルは豊かな表現力を持っており、当初より診療履歴情報とプロブレムの関係、プロブレムの変遷の記録などに活用できるであろうことは意識されていた。そして現在このモデルを本格的にその目的のために拡張する研究がスタートしている7)。今回の電子カルテへの実装は、この本格的なモデル拡張前の予備的な実証実験という側面もある。
 今回の実装ではontology的記述モデルの「内容」、「関係」、「関係結合子」といったクラスをどのようにリレーショナルデータベースのテーブルに展開するかといったことに一つの回答を与る。
5. 実装された機能
 診療履歴情報とプロブレムのリンク状態を表現するために幾つかのインターフェースを用意した。一般的な2号カルテを拡張し、常に対応するプロブレムを表示させたもの。プロブレムを別ウインドウとして双方の項目をクリックすると対応する処置、あるいはプロブレムが選択、アクティブ化するもの。プロブレムの変遷をリンクグラフとして表示するもの等である。
 処置、所見入力を簡略化するために、プロブレムに対応する処置セットを用意し、また、処置どうしの関係をルール化して適切な処置が選択されるようにした。同じ機能を使って入力後に後処理としてエラーがないかをチェックする機能を実現した。
6. まとめ
 実装過程においてontology的記述モデルを無理なくデータベースに展開できることが確認できた。プロブレムと診療履歴情報のリンク情報をグラフィカルに表現することで記録された時の思考過程をトレースすることの可能性が示された。リンク情報は入力の効率化に役立つことがわかった。
 しかしながら、意識的にリンク情報を入力するためのインターフェースが未整備であること、関係の意味付けが整理されていないこと、リンク情報をより活用できるような表示方法が必要なことも問題点として明確になった。




プロブレム変遷とリンクのグラフ表示

 本研究は厚生労働科学研究医療技術評価総合研究事業H12-医療-009の成果に基づき実施されている。
参考文献
[1]廣瀬康行,矢嶋研一,森本徳明,佐々木良幸,成澤英明,尾藤茂. 歯科所見のontology的なモデル分析に基づくXML Schemaの構築. 医療情報学23(1):33-43,2003.
[2]佐々木好幸, 廣瀬康行, 矢嶋研一, 森本徳明, 成澤英明, 尾藤茂. 歯科情報のオブジェクトモデリング. 医療情報学22S:5-6, 2002.
[3]矢嶋研一, 佐々木好幸, 廣瀬康行, 森本徳明, 成澤英明, 尾藤茂. 歯科用XML Schema (Dinfoex)による歯科診療録の記載.医療情報学23S,2003
[4]廣瀬康行.プロブレム変遷記述言語に必要な述語群.医療情報学 17s:60-61, 1997
[5]廣瀬康行,佐々木好幸,木下淳博,水口俊介.問題解決空間の定式化に関する考察.医療情報学 17S:185-192.1997.
[6]http://www.net.intap.or.jp/INTAP/s-web/data/TR/owl-guide-v1_0.htm
[7]廣瀬康行.Ontology 的分析により構築した記述モデルによる病名やプロブレムの変遷の表現可能性.医療情報学23S,2003.